
第1章 IRとは何か──「カジノ」ではなく国家戦略である
IRとは、Integrated Resort(統合型リゾート)の略で、「観光振興に寄与する諸施設」と「カジノ施設」が一体となった複合施設群を指します(出所:カジノ管理委員会)。この「IR」という概念は、シンガポールが世界で初めて導入したものでした。
同国では長年、カジノは禁止されていました。しかし、2000年代に入り、国の将来像を見据えた国家戦略の一環としてカジノを限定的に解禁することを決定します。ただし、カジノだけを認めるのではなく、ホテルや国際会議場、展示施設などと一体となった「IR」の一部としてのみ運営を認めるという制度を設計し、2010年に2つのIRが開業しました。
日本では、IRという言葉を聞くと「カジノ施設」を思い浮かべる方が少なくありません。しかし、実際にはカジノはIRを構成する機能の一つに過ぎません。
IRには、高品質なホテルをはじめ、MICE施設(国際会議場や大規模展示場など、ビジネスイベントを開催する施設)、劇場やシアターなどのエンターテインメント施設、ショッピングモール、レストラン、さらには交通アクセスや周辺開発を含む都市インフラまで、多様な機能が集約されています。つまり、一つの街ともいえる空間を創り上げる都市開発プロジェクトなのです。
では、シンガポール政府は、なぜこのような巨大プロジェクトを推進したのでしょうか。
その答えは明確です。シンガポールは国家戦略として、「世界有数の観光都市」であると同時に、「アジアを代表する国際会議・国際ビジネス都市」になることを目標に掲げました。そして、その実現を担う中核的な機能としてIRを位置付けたのです。
つまり、IRはカジノを造ることが目的ではありません。民間事業者の資金力や経営ノウハウを活用しながら、国家が描く将来像を実現するための政策手段なのです。
言い換えれば、「IRは、カジノを作る政策ではなく、民間資本を活用して国家戦略を実現する政策」であると言えるでしょう。
その成果は、開業から15年余りで世界中が認めるものとなりました。
昨年、シンガポールでIRを運営する2社のうちの一社、マリーナ・ベイ・サンズ(MBS:Las Vegas Sands社が所有・運営)は、2010年の開業以来の累計来場者数が5億人を突破したと発表しました。また、その間に120万社以上の法人や団体が、MBSで開催される国際会議、企業ミーティング、展示会、報奨旅行(インセンティブツアー)に参加したことも公表されています。
もちろん、この数字だけを見て施設の優劣を論じることは適切ではありません。例えば、昨年、横浜市の国際会議場「パシフィコ横浜」は、1991年の開業以来34年間で累計来場者数が1億人を突破したと発表しました。パシフィコ横浜は、臨海部の再開発を象徴する施設として横浜市の都市づくりに大きく貢献しており、その役割や目的はMBSとは異なります。そのため、両者を単純に比較したり、評価することはできません。
しかし、それでもMBSが短期間で世界中から膨大な人々を集め、国際会議や展示会、観光客を呼び込み続けている事実は注目に値します。その集客力は、単なる民間企業の成功にとどまらず、シンガポール政府が掲げた「観光・国際会議都市」という国家戦略の実現に大きく貢献してきたことを物語っています。
私は、この実績こそが、IRを「カジノ施設」としてではなく、「国家戦略を実現するための都市政策」として捉えるべき理由であると考えています。
第2章 なぜシンガポールはIRの成功モデルになったのか
シンガポール政府がIRの導入を検討した背景には、観光競争力の低下に対する強い危機感があったと言われています。
当時のシンガポールは、香港、タイ、マレーシアなど近隣諸国との観光競争が激化し、国際観光市場における存在感が相対的に低下しつつありました。天然資源に乏しい都市国家であるシンガポールにとって、経済成長の源泉は、金融や物流、観光など、人や企業が国境を越えて生み出す「フロー型経済」の付加価値を高めることにあります。そのため、観光産業の競争力向上は、単なる観光政策ではなく、国家の将来を左右する重要な経済政策でもありました。
そこで政府は、「世界有数の観光都市」「アジアを代表する国際会議都市」「国際金融センター」という将来像を掲げ、その実現を担う国家プロジェクトとしてIRを位置付けたのです。
ここで重要なのは、政府が民間事業者に求めたものです。
それは、「IRを建設してください」という単純な開発事業ではありませんでした。
政府が提示したのは、「シンガポールという国の未来を、このプロジェクトによって実現してほしい」という明確な国家戦略だったのです。
その後、2006年にはカジノの規制と運営を定めるCasino Control Act(カジノ規制法)が制定され、厳格な監督体制のもとでIR事業を運営する制度が整えられました。そして、2010年、マリーナ・ベイ・サンズ(Marina Bay Sands:MBS)とリゾート・ワールド・セントーサ(Resorts World Sentosa:RWS)の2つのIRが開業し、シンガポールの新たな歴史が始まります。
シンガポールのIR制度で最も特徴的なのは、IR事業者を2社に限定したことです。
この仕組みは一般に「デュオポリー(Duopoly:複占)」と呼ばれます。政府は法律に基づき、2社だけに排他的な営業権を与え、新規参入を認めない制度を採用しました。一定期間にわたり競争相手を増やさないことで、巨額の設備投資を行う事業者が長期的に投資を回収できる環境を整えたのです。
言い換えれば、政府はカジノ税によって一定の税収を確保する一方で、IR事業者には安定した収益基盤を保証し、その利益を将来の設備投資やサービス向上へ再投資できる制度を設計しました。
さらに興味深いのは、2つのIRに対して異なる役割を与えたことです。
マリーナ・ベイ・サンズには、「Business・Travel・MICE」を中核とした国際ビジネス都市のゲートウェイとしての役割が期待されました。一方、リゾート・ワールド・セントーサには、水族館やユニバーサル・スタジオ・シンガポールなどを核とするファミリー向けリゾートという明確なコンセプトが与えられました。
つまり、両施設は同じ市場で競争するのではなく、それぞれ異なる顧客層を取り込みながら、シンガポール全体の観光競争力を高めるよう制度設計されていたのです。
この発想は極めて戦略的です。競争を過度に促すのではなく、それぞれが異なる価値を提供することで市場全体を拡大し、国全体の利益を最大化する――まさに国家戦略と民間経営が一体となったモデルと言えるでしょう。
こうして誕生したMBSとRWSは、それぞれ「都市型IR」と「リゾート型IR」という世界を代表する成功モデルとなりました。そして今日でも、多くの国や都市がIRを構想する際、シンガポールの制度設計が一つのベンチマークとして参照され続けています。
私は、シンガポールIRが成功した最大の理由は、豪華な施設を建設したことではなく、国家が明確な将来像を描き、それを実現するための制度を設計したことにあると考えています。

出所:Marina Bay Sands HP
第3章 「IR2」が示した「成功する制度設計」── なぜ80億USドルもの追加投資ができるのか
世界中を見渡しても、一つのホテル事業者が80億USドル(約1兆3千億円)もの追加投資を決断する例は決して多くありません。
では、なぜマリーナ・ベイ・サンズ(MBS)は、これほど大胆な投資ができるのでしょうか。
その答えは、ホテル経営の巧拙でも、カジノ事業の成功だけでもありません。
シンガポール政府が、民間企業が安心して長期投資できる制度を設計したこと。――そこに、この巨大プロジェクトの本質があります。
現在、MBSでは、新たな超高級リゾート「IR2」の建設が進められています。総開発費は約80億USドル(約1兆3千億円)、開業は2031年1月の予定です。
IR2が掲げるコンセプトは、「ウルトラ・ラグジュアリー(Ultra Luxury)」。
全570室のスイートルームを備えた超高級ホテルは、最もコンパクトな客室でも100㎡を超え、最上級スイートにはプライベートプールや専用ガーデンが設けられます。さらに、プレミアムMICE施設、15,000席のライブアリーナ、ウェルネス施設など、「ここでしか体験できない価値」を提供する空間が整備される計画です。
MBSの社長兼COOであるパトリック・デュモン氏は、この計画について、
「これは単なる施設の拡張ではありません。シンガポールが世界有数のツーリズム・デスティネーション(観光目的地)として成長し続けるという確信に基づく戦略的投資です。」と語っています。
この言葉からも分かるように、IR2は一企業の設備投資ではなく、シンガポールという国の将来像と歩調を合わせた国家プロジェクトでもあるのです。
実は、MBSの親会社であるラスベガス・サンズは2022年、創業の地であるラスベガスの象徴的な施設「ベネチアン」や「パラッツォ」などを売却しました。そして経営資源を、シンガポールとマカオというアジア市場へ集中させています。
これは、「アジアが世界最大のIR市場になる」という経営判断であると同時に、シンガポールという国の制度や将来性に対する強い信頼の表れと言えるでしょう。
2010年の開業以来、MBSはシンガポール政府による数次のカジノ免許更新に合わせて、継続的な設備投資を実施してきました。今回のIR2を含めると、その累計投資額は約150億USドル(約2兆4千億円)にも達します。
これほどの巨額投資を可能にしているのが、MBSの圧倒的なキャッシュ創出力です。
親会社ラスベガス・サンズの2025年アニュアルレポートによると、MBSのEBITDA(営業利益に減価償却費などを加えた、企業の実質的なキャッシュ創出力を示す指標)は29億2,200万USドルに達しました。そして、カジノ、ホテル、レストラン、リテール、MICEなどを含む純収益に対するEBITDAマージンは52%という驚異的な水準を記録しています。
この数字がどれほど優れているかをイメージしてみましょう。一般的に航空会社や鉄道会社、ホテル業界では、EBITDAマージンが20%であれば非常に優秀とされ、30%に達すれば世界トップクラスの収益力と言われます。それと比較すると、MBSの52%という数字は、まさに世界でも突出したキャッシュ創出力と言ってよいでしょう。
しかし、ここで重要なのは、「MBSが儲かっているから80億ドルもの再投資ができる」という理解ではありません。
本質は、そのような再投資を可能にする制度を、政府があらかじめ設計しているという点にあります。
第2章で紹介したように、シンガポール政府は「デュオポリー(Duopoly:複占)」政策を採用し、IR事業者を2社に限定しました。競争相手を無制限に増やすのではなく、一定期間にわたり市場の安定性を確保することで、巨額投資を行う民間事業者が長期的な視点で投資を回収できる環境を整えたのです。
さらに、見逃せないのがゲーミングタックス(カジノ税)の設計です。
2025年、MBSが支払ったゲーミングタックスは、カジノ総粗収益(GGR)に対して約25%でした。一方、ラスベガス・サンズがマカオで支払った同税額は約51%に達しており、その差は歴然としています。
シンガポールでは2022年の税制改正後も、ゲーミングタックスの税率はVIP市場が8%、一般市場が18%という比較的低い税率が維持されています。それ以前は2010年の開業以来、VIP市場5%、一般市場15%という、世界的に見ても極めて低い水準でした。
もちろん、政府は単に税率を下げて事業者を優遇しているわけではありません。
政府が本当に見ているのは、カジノ税だけではなく、IRが生み出す経済全体への波及効果です。
IR事業者による巨額の設備投資、観光消費の拡大、雇用創出、法人税やGST(消費税)、所得税などの税収増加、不動産価値の向上、国際会議の誘致によるビジネス機会の創出、さらには航空、金融、物流など関連産業への波及――こうした経済全体の成長を見据えて制度が設計されているのです。
つまり、シンガポール政府は「カジノ税をいくら徴収するか」という視点ではなく、「国家全体として、どれだけ豊かになるか」という視点でIR政策を運営していると言えるでしょう。
MBSの成功や、80億USドルという巨額の再投資は、豪華なホテルを建設したから実現したのではありません。また、カジノ事業が好調だから実現したのでもありません。
国家が長期的なビジョンを描き、民間企業が安心して未来へ投資できる制度を設計したからこそ実現したのであり、その利益がさらに新たな投資となって都市の魅力を高めていく。
私は、この好循環こそが、シンガポールIRが世界的な成功モデルとなった最大の理由ではないかと考えています。以下参照:ラスベガス・サンズ Annual Report 2025より筆者作成

第4章 大阪IRは成功できるのか──制度設計の比較
ここまで見てきたように、シンガポールIRの成功は、豪華な施設やカジノそのものによって実現したのではありません。国家戦略に基づき、民間企業が安心して長期投資できる制度を設計したことが、その成功を支えてきました。
それでは、日本で整備が進む大阪IRは、同じような成功を収めることができるのでしょうか。その答えを考えるためには、まずシンガポールと日本、それぞれの制度設計を比較してみる必要があります。
まず、ゲーミングタックス(カジノ税)を見てみましょう。
シンガポールでは、2022年の制度改正以降、VIP市場が8%、一般市場が18%となっています。それ以前は、2010年のIR開業以来、長らくVIP市場5%、一般市場15%という、世界的に見ても低い税率が維持されていました。
アジアのカジノ市場では、高額な資金を賭けるVIP客が重要な顧客層となっています。VIP客は、宿泊費や渡航費などを事業者が負担し、長期間滞在しながらプレーする富裕層です。このような市場特性を踏まえ、シンガポールではVIP市場と一般市場を分けた税率が採用されているものと考えられます。
一方、大阪IRでは、カジノ税に相当する納付金は30%となっており、その内訳は国庫納付金15%、認定都道府県等納付金15%です。なお、この税率は、カジノ事業による総収入(GGR:Gross Gaming Revenue)から顧客への払戻金と消費税を控除した収入を対象として課されます。
次に、消費税を比較してみます。
シンガポールのGST(Goods and Services Tax)は9%、日本の消費税は10%であり、この点については両国に大きな差はありません。
一方、法人税率には違いがあります。
シンガポールの法人税率は17%で、日本のような地方法人税や事業税などの上乗せはありません。これに対し、日本では一般に実効税率として約30%が用いられており、企業にとっての税負担はシンガポールより高い水準にあります。
もっとも、税率だけを見て単純に比較することはできません。
例えば、前章でも紹介したように、ラスベガス・サンズがマカオ政府へ支払っている税・納付金等の負担は、カジノ総収入の約51%に達しています。その内訳には政府への納付金だけでなく、都市開発や社会保障、各種基金への拠出なども含まれています。
このように世界へ目を向けると、大阪IRの制度だけが特別に重い負担であると、一概に評価することはできないでしょう。
続いて、免許制度です。
シンガポールでは、前章で述べたように、IR事業者を2社に限定するデュオポリー(複占)制度を採用しています。一方、日本のIR整備法では、全国で最大3区域まで整備できることになっており、現在の大阪に加え、将来的にさらに2地域でIRが整備される可能性があります。
最後に、依存症対策について見てみます。
シンガポールでは、本人、家族、さらには第三者からの申立てによって入場禁止措置を講じることができます。一方、日本でも、本人や家族による利用制限制度が設けられています。
さらに大阪IRでは、日本独自の制度として、国内居住者の入場回数を「7日間で3回まで、28日間で10回まで」と制限しています。このような回数制限はシンガポールにはなく、日本が依存症対策を制度設計の重要な柱として位置付けていることが分かります。
このように比較すると、シンガポールと大阪では、税制、免許制度、依存症対策など、それぞれ異なる制度設計が採用されています。
しかし、私は「制度が異なること」と「制度に優劣があること」は、まったく別の問題だと考えています。
シンガポールは、限られた国土と資源という制約の中で、国家競争力を高めることを最優先に制度を設計しました。一方、日本は、IR導入に対する社会的受容性や依存症対策を重視しながら制度を構築しています。
つまり、制度とは、それぞれの国が大切にしている価値観や社会的背景を映し出すものなのです。
だからこそ、IRの成功を左右する本質は、税率や免許制度といった個々の制度だけではありません。本当に問われるべきなのは、どのような国家戦略のもとでIRを導入し、その先にどのような国や都市の姿を描いているのかという点ではないでしょうか。
制度は、そのビジョンを実現するための手段です。
その意味で、IRの成否を決めるのは、カジノそのものではなく、その背後にある国家戦略の質であると、私は考えています。最終章では、本ブログのまとめとして、大阪IRが持つ可能性と、私が大阪IRに期待している役割について述べたいと思います。

第5章 本当に問われているのは「カジノ」ではなく「国家戦略」である
日本では長い間、「IR」と聞けば「カジノ」を思い浮かべる議論が続いてきました。しかし、本ブログで見てきたように、シンガポールIRの成功要因は、カジノそのものではありません。
政府が都市の未来像を描き、その実現に向けて制度を設計し、民間企業が安心して巨額の投資を行う。そして、その利益が再び都市へ投資され、新たな魅力と価値を生み出していく。この好循環こそが、シンガポールIRの本質です。
言い換えれば、シンガポールが証明したのは「IRが成功した」ということではなく、「国家戦略が成功した」ということではないでしょうか。
そう考えるならば、大阪IRについても、本当に評価されるべきものはカジノ収益ではありません。
20年後、30年後の大阪が、どのような国際都市へ成長しているのか。その姿こそが、この国家プロジェクトの成否を判断する基準になるべきだと私は考えています。最後に、その視点から大阪IRの可能性と、私が期待している役割について述べたいと思います。
大阪IRの最大の強みの一つは、関西国際空港(KIX)に近接していることです。
KIXは西日本最大の国際線ゲートウェイであり、日本を訪れる多くの外国人旅行者がここから入国します。そして、多くの旅行者は関西を周遊した後、新大阪から新幹線で富士山や東京方面へ向かいます。つまり、KIXは関西だけでなく、日本全体への玄関口としての役割も担っているのです。
さらに大阪は、江戸時代には「天下の台所」として栄え、現在も世界有数の食文化を誇る都市として、多くの観光客を惹きつけています。京都、奈良、神戸など世界的な観光都市とも近接し、関西全体として極めて魅力の高い観光圏を形成しています。
将来、リニア中央新幹線が開業すれば、東京・名古屋・大阪はこれまで以上に強く結ばれ、人や情報の流れはさらに加速するでしょう。このようなポテンシャルを考えれば、大阪IRが大阪だけでなく、関西、さらには日本全体の経済成長に貢献する可能性は十分にあると私は考えています。
そのために重要なのは、「IRを建設すること」ではなく、「IRをどのように活かすか」です。
大阪IRでは、「日本最大級のMICEコンプレックス」の整備が大きな柱として掲げられています。私はかつて、米国最大級のコンベンション施設であるシカゴのマコーミック・プレイスを訪れたことがあります。その圧倒的な規模と、美しく機能的な施設設計に深い感銘を受けたことを、今でも鮮明に覚えています。大阪IRでも同規模の施設が整備されることが期待され、大いに楽しみにしています。
しかし、MICE施設は、建設すれば自然に利用者が集まるものではありません。
国際会議や大型展示会の開催地として選ばれるためには、都市ブランド、航空ネットワーク、宿泊施設、観光資源、大学や研究機関、さらには産業集積など、都市全体の魅力が問われます。つまり、MICEとは単なる施設整備ではなく、都市全体を世界へ売り込むための戦略そのものなのです。
もう一つ重要なのは、「誰に来てもらうのか」という視点です。
これまでアジアのIRでは、事業者が旅費や宿泊費を負担し、高額の資金でプレーするVIP客が重要な顧客層でした。しかし近年は、その中心が「プレミアム・マス」と呼ばれる客層へと移りつつあります。プレミアム・マスとは、自らの資金で旅行を楽しみ、自分のペースでゲームを楽しむ人々です。宿泊するホテルも、食事をするレストランも、自ら選び、旅そのものを楽しみます。その多くは、ベンチャー経営者、企業経営者、投資家、医師、弁護士、公認会計士など、高い専門性を持つ人々です。
彼らにとって、カジノは旅行の目的ではなく、多彩な滞在体験を構成する一つのコンテンツに過ぎません。国際会議や展示会に参加し、新しい技術やビジネスに触れ、その前後には家族と観光を楽しむ。そのようなライフスタイルが、プレミアム・マスの特徴と言えるでしょう。
私は、大阪IRが目指すべきなのは、こうした世界中の人材が自然と集まり、新しい出会いが生まれる「知の交流プラットフォーム」ではないかと思います。
最先端の技術、ビジネス、文化、芸術、そして人材が交わることで、大阪IRは単なる観光施設ではなく、人・モノ・情報が循環する新しい都市機能を担うことができるはずです。
IRは、カジノをつくるための事業ではありません。都市の未来をつくるための事業です。
そこに集まった人々が、新しい出会いを生み、新しいビジネスを生み、新しい技術や文化を育てていく。その循環が都市を豊かにし、やがて日本全体の競争力を高めていくことにつながります。だからこそ、IRは目的ではありません。未来を実現するための「手段」なのです。
私は、大阪IRには、日本がこれまで実現できなかった新しい国際都市の姿を描いてほしいと思っています。それは、カジノが成功した都市ではありません。国家戦略のもとで、人材、企業、技術、文化が世界中から集まり、新しい価値を生み続ける都市です。
もし20年後、30年後に、「大阪IRができたから大阪が変わった」のではなく、「大阪という都市が変わった象徴がIRだった」。そう語られる日が来るならば、この国家プロジェクトは真の成功を収めたと言えるのではないでしょうか。
