
東京一極集中の陰で、地方企業は慢性的な人材不足に悩んでいます。一方、首都圏には、次の挑戦を模索するビジネスパーソンたちがいます。このブログでは、地方と都市をつなぐ「人材流動」の現場から、企業と個人にどのような変化が起きているのか、そのリアルと可能性を考察します。
はじめに
地方に拠点を置く企業が、首都圏で活躍する人材を採用すること。あるいは、首都圏で実績を積んできたビジネスパーソンが、地方企業へと転職すること——。これは決して容易なことではありません。転職市場の仕組みが十分に整っていない地域も多く、情報の非対称性や環境面でのハードル、企業文化や成長可能性に対する認識のズレなど、さまざまな壁が存在しています。
こうした課題に向き合い、地方企業と都市部の人材のあいだに最適なマッチングを実現することは、私たちが提供する人材紹介サービスの大きなミッションのひとつです。人手不足に直面する地方の企業が、首都圏で磨かれた経験とスキルを持つ人材を迎え入れることは、単なる人材補充にとどまりません。その出会いを契機として、企業が事業変革に取り組み、生産性の向上や付加価値の創出へとつながっていく——私たちは、そうした未来を見据えて日々の業務に取り組んでいます。
その意味で、当社の人材紹介事業は単なる「転職支援」ではなく、地方経済の活性化、ひいては日本経済全体の底上げを目指す経済活性化プロジェクトの一翼を担っていると捉えています。
私自身、これまでに数百名を超えるビジネスパーソンのキャリアチェンジを支援してまいりました。そして、転職が成立した後も、企業と転職者の双方に丁寧なフォローアップを重ねてきました。新たな取り組みや行動の変化は生まれたか、相互の期待に応える結果となったか、業績や職場の活性化につながっているか。そうした「その後」を追いかけることこそが、より質の高いマッチングに資すると考えているからです。
本ブログでは、過去の取り組みや事例に触れながら、地方企業と首都圏人材のマッチングにおいて重要となる視点や工夫についてご紹介していきたいと思います。人と組織、地域と都市——その間を結ぶ「橋渡し役」として、私たちが大切にしている考え方をお伝えできれば幸いです。
地方企業の採用課題とは何か――「来ない」「続かない」採用の壁
地方企業が人材採用において直面している課題のひとつは、そもそも転職市場そのものが地域に十分に形成されていないという構造的な問題です。特に都市部から地方への転職となると、その実現の難しさはさらに際立ちます。
採用活動の最初のステップである「母集団形成」――すなわち、募集ポジションに適した人材候補のリストアップ――が、地方においては極めて困難です。求人媒体に募集を出しても応募が集まらない、紹介会社に依頼しても推薦がほとんど届かない。こうした状況が続くなかで、企業側はやむなく、当初描いていた人材像を修正したり、採用基準を引き下げたりして、急ぎの採用に踏み切らざるを得ないケースが少なくありません。こうした妥協の末の採用は、当然ながら「ミスマッチ」を引き起こしやすくなります。そして、プロセスを飛ばして採用した場合には、その後に問題が起きた際のフォローや再設計も難しく、結果として組織への定着がかなわず、再び採用活動を繰り返す“負のスパイラル”に陥ることもあります。
一方、首都圏の人材側に立って考えてみても、地方企業への転職には、職場環境や制度、待遇面などの面で明確なギャップが存在します。特に多く耳にするのが、業務プロセスやシステムの整備状況に関する違和感です。都市部の大手企業では、営業や生産などのフロント部門と、経理・人事・マーケティングなどのスタッフ部門が一体的に連携し、ERPなどの統合システムによって情報がリアルタイムで共有されています。ところが、地方の中堅・中小企業では、部門ごとに異なるシステムを利用しており、情報の連携が遅れたり、手作業に頼る業務が残っていたりすることも珍しくありません。
さらに、給与条件にも大きな差があります。たとえば「部長職」という同じ職位であっても、基本給・手当・福利厚生の水準は、都市部の企業と地方企業とでは大きく異なるのが現実です。これは、地域ごとの生活コストの差だけでなく、地方企業、特にオーナー経営の企業においては、固定給よりも業績連動型の賞与に重きを置く傾向が強いことも一因です。安定した報酬設計を重視する転職希望者にとって、こうした報酬体系の違いが心理的ハードルとなることは否めません。
このように、地方企業と首都圏人材のあいだには、制度・環境・期待値の複層的なギャップが存在しています。そしてそのギャップを埋めきれないまま採用が行われた場合、「せっかく転職したものの、期待と現実の差に耐えられず早期退職する」といったケースにもつながりかねません。だからこそ、私たちが行う地方企業向けの人材紹介では、単なるマッチングにとどまらず、「採用に向けた準備」と「採用後のフォロー」の両輪をどう設計するかが非常に重要だと考えています。
次章では、首都圏人材が地方への転職に抱える不安や心理的ハードルについて、もう少し深掘りしながら、企業側とのすれ違いの背景に迫っていきます。
首都圏人材が感じる“地方転職”への不安――キャリアダウンか?リスタートか?
首都圏の大手企業に勤めるビジネスパーソンが、地方の企業に転職する――その選択は、かつて「キャリアダウン」と捉えられることが少なくありませんでした。実際、報酬水準の面だけを見れば、転職後に年収が下がるケースが多いことは否めません。また、転職先の企業が上場企業や知名度の高い成長企業ではなく、地元以外ではあまり知られていない地方企業である場合、本人のみならず、家族や旧知の同僚たちからも「もったいない」「都落ちではないか」といった印象を持たれてしまうこともあります。
こうした周囲の目もさることながら、転職を検討する本人にとっても、情報の圧倒的な不足は大きな障壁となります。都市部での転職であれば、業界内の評判や企業文化、制度面の情報を友人・知人やSNSなどを通じてある程度把握することができますが、地方企業となると、そのような情報の流通経路が限定され、限られた公開情報や面接時の印象に頼らざるを得ません。さらに、面談の現場でもギャップは表出します。地方企業の多くは、都市部からの転職希望者や中途採用者の対応に慣れておらず、面談時の受け答えや評価の基準が不明確であったり、やや踏み込んだ話がしにくかったりすることがあります。その結果、応募者が「本当にここで大丈夫なのか」「自分は求められているのか」と不安を深めてしまうケースも珍しくありません。また、生活環境への適応に対する不安も軽視できません。家族がその地域の文化や雰囲気に馴染めるか、子どもの学校や進学環境はどうか、周囲に友人や相談相手はできるのか。こうした問いに明確な答えを持てないまま、都市を離れる決断を迫られることは、心理的なハードルを一層高める要因となります。
ただし、こうした構図は近年、少しずつ変化し始めています。従来は、親の介護や家業の承継など「やむを得ない事情」で地方に戻るケースが中心でしたが、コロナ禍を契機に、生活や働き方に対する価値観が多様化し、「地方で子育てをしたい」「家族との時間を大切にしたい」といったポジティブな動機による転職が増えています。これに伴い、地方移住・転職を「ライフスタイルの選択」として捉える人も増加しつつあります。
また、最近では「地方企業の経営に携わりたい」「自分のビジネススキルを、経営現場で生かしたい」といった、キャリアの次のステージとして地方を選ぶ人材も現れています。このような方々は、生涯その地に定住するというよりも、「あえて今、地方で経験を積む」ことに意義を見出しています。人生100年時代における“第二のキャリア”を、地方の企業で築こうとする意識の現れとも言えるでしょう。このように見てくると、「地方企業=キャリアダウン」という固定観念は、すでに過去のものになりつつあります。むしろ地方での転職は、人生やキャリアに対する見方を柔軟に持ち、自分の可能性を新たな環境で再定義する「リスタートの機会」とも言えます。
一方で、こうした新しいキャリア観を持つ人材が増えているという現実を、地方企業の側がどれだけ認識しているかは、まだ十分とは言えません。採用する側が、「首都圏の人材に選ばれる存在であるためには、どのような情報提供・組織対応が求められるか」を戦略的に考え、不安を希望に変える“受け皿”づくりを意識することが、これからの採用活動にはますます重要になるでしょう。
次章では、こうした首都圏人材と地方企業のあいだにあるギャップを、どのように乗り越えるか。私たちが実際に現場で取り組んでいる「両面支援」の考え方と実践例をご紹介します。
ギャップをどう埋めるか――私たちが実践する「両面支援」
では、地方企業が首都圏の優秀な人材に「選ばれる存在」になるためには、どのような準備が必要なのでしょうか。私たちが実践しているのは、採用企業と転職希望者の双方を支援する“両面支援型”の人材紹介です。ここでは、その中核となる考え方とプロセスをご紹介します。
まず最初に必要となるのは、「採用の目的」と「任せたい役割(タスク)」の明確化です。タスクとは、特定の成果を出すために必要な業務や責任の範囲を指します。つまり、今回の採用によってどのような課題を解決したいのか、その課題に対して転職者がどのような役割を果たすことを期待しているのかを、企業側で整理しておく必要があるのです。
私たちの支援では、まず採用企業の経営層や人事責任者と綿密なディスカッションを行うことからスタートします。弊社が事前に作成した「ディスカッションペーパー」を用いながら、会社の財務情報・非財務情報、中期経営計画、競争環境、製品やサービスの特徴、そして組織体制などを総合的に分析・整理します。その上で、現時点で企業が抱えている経営課題、組織上の「ミッシングピース」、今後必要となる人材像を言語化していきます。
このように採用の背景と期待値を明確にしたうえで、「外部から新たな人材を迎え入れる意義」を企業側と共有していくのです。このプロセスは時間も手間もかかりますが、採用が進んだ後に社内から「なぜこの人材を採用することになったのか」といった疑問が出た際、しっかりと説明責任を果たすことができる、いわば“組織内の合意形成”と“採用の再現性”を高める効果があります。
さらに、作成したディスカッションペーパーは、転職希望者にとっても非常に貴重な情報源となります。地方企業に関する公開情報が少ない中で、採用背景やタスクの内容、将来の展望が明確に示された資料は、転職先を選ぶ上での安心材料となり、意思決定の後押しにもなります。実際には、このディスカッションペーパーをもとに、企業再生型コンサルティングで用いられる「100日プラン」のような具体的なアクションプランを構築し、転職者に共有した事例もあります。このようなケースでは、入社後の業務への理解と覚悟が格段に深まり、期待とのギャップが発生したとしても、早期に課題を見つけ、対処していく「ギャップクロージャー」がしやすくなるメリットがあります。
こうした情報の透明性と準備の丁寧さは、特に首都圏でビジネスの第一線を担ってきた人材にとって、非常に重要な評価ポイントになります。彼らにとって地方企業への転職は、単なる「降格」や「終着点」ではなく、自身のスキルを存分に試し、組織を動かす経験ができる、第二のキャリアの挑戦機会となるのです。中には、さらなる昇進や経営参画の機会につながる、いわば「プロモーション型転職」を実現する方もいます。
私たちは、企業と転職者が、事前にタスクと期待値をすり合わせ、面談の密度を高め、互いの理解を深められる場を提供することこそが、質の高いマッチングにつながると考えています。このような「両面支援型」のアプローチは、転職支援を“人材の紹介”にとどめるのではなく、“事業の前進”を支えるプロセスとして位置づけるものです。そして実際に、こうした支援プロセスを経てマッチングが実現した多くのケースで、転職者と企業の双方に明確な変化や成果が生まれています。
次章では、その具体的な事例や成果を通じて、首都圏人材と地方企業のマッチングがもたらす力と可能性を、より実感を持ってお伝えできればと思います。

地方と都市をつなぐ未来へ――人材流動がもたらす新しい経済圏の可能性
ある地方の老舗メーカーが、経営に苦しんでいました。地元ではよく知られた存在で、長年にわたり地銀からの信頼も厚く、売上の大部分を公共事業が支えてきました。事業を拡大するため、各隣県に営業所を開設し、一定の成果は上がったものの、公共投資の削減が進むなかで売上は頭打ちに。やがて財務内容が悪化し、金融機関からの支援継続には「経営体制の刷新」が求められる事態となっていました。状況を理解したオーナー社長は、自身の強いリーダーシップに頼ってきた経営スタイルを見直し、外部からの経営人材の登用を決断します。求められたのは、理系出身で経営幹部の経験を持ち、自ら事業計画を立案・実行できる人材。いわば「再建と変革を担える右腕」のような存在でした。
そのなかで浮上したのが、アメリカの工科系大学院を修了し、大手繊維メーカーで幹部として実績を積んだ50代前半の候補者でした。彼は、順調なキャリアを歩んでいたにもかかわらず、社内の方針転換で担当していたプロジェクトが打ち切りとなり、自らの意志と異なる異動を命じられ、悔しさを胸に次のステージを模索していた時期でした。私との出会いを通じ、彼は地方企業での「再挑戦」という機会に希望を見出します。一方、採用に慎重だったオーナー社長が最も高く評価したのは、彼が前職で特許ビジネスに精通していたことでした。実はこの地方企業も、多数の特許を保有し、その管理やライセンス収入が経営上の大きな要素となっていたのです。両者の専門性と課題認識がかみ合い、信頼関係は着実に築かれていきました。
そして候補者の就任後は、社長が長年手をつけられずにいた営業所の再編による財務の健全化、そして経営の属人化から脱却するための執行役員制度の導入が次々と進められました。中間層を育てる仕組みも整い、組織の活性化が明確に見て取れるようになっていきました。地銀の評価も回復し、財務は通常取引先としての水準へと改善。何よりも、この業績回復を見た東京勤務の長男が実家に戻り、事業承継に名乗りを上げたことは、オーナー社長にとって大きな喜びとなりました。まだ若いご子息は、当面は取締役として就任した外部人材のもとで学び、将来の事業承継に向けた準備を始めています。これは、単なる事業再建の成功例にとどまらず、「人材流動が生んだ再生と継承の事例」として、私自身も強く心に残るプロジェクトのひとつです。
東京一極集中がもたらす弊害は、近年ますます議論されるようになっています。確かに、それが地方の人口流出や人材不足の一因になっていることは否定できません。しかし私は、一極集中そのものを責めるべきではないと考えています。それは、戦後の復興と高度経済成長、世界との熾烈な競争を勝ち抜いてきた日本が歩んできた歴史の結果であり、集中と効率を追い求めた末に築かれた強さの表れでもあるからです。だからこそ、これからの時代に必要なのは、「東京vs地方」の構図を超えて、地方が自らのエコシステムを築くことではないでしょうか。経済の縮図としての地方が、独自の循環を生み出し、外部との柔軟な接続点を持ち、人と仕事が動く“開かれた経済圏”となる――。その実現には、まず「人材の流動化」が鍵になります。
もちろん、地方での転職には依然として課題があります。企業側には採用経験の乏しさや準備不足、候補者側には情報不足や不安があります。しかし、両者が誠実に準備をし、共に歩む姿勢を持てば、その壁は乗り越えることができます。そしてその先には、大都市にはない、地方ならではの機動力と温度感、持続可能な経済の芽が育っていくはずです。
都市から地方へ。キャリアの軸足を移すという選択が、誰かにとってのキャリアダウンではなく、新たな挑戦であり、組織を変える契機になる。私たちの仕事は、そんな未来をつなぐ「橋渡し役」でありたいと願っています。これからも、地方と都市をつなぎながら、日本各地に新たな価値が生まれていくことを信じて、この仕事に向き合っていきたいと思います。
