閉ざされた公園を開いた日──民間の力で“行政”が進化するということ

財政縮小、職員減少、公共施設の老朽化――自治体運営はいま、かつてない困難に直面しています。民間出身の私が大阪市役所で見たのは、そうした状況に真正面から向き合い、創意と工夫で打開しようとする行政職員の姿でした。限られた資源のなかで、民間との連携がいかに公共サービスを進化させるのか。その可能性と現場からのヒントを、実体験をもとに綴ります。

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都市を“経営”するという挑戦──民間から公募で市役所へ

私は2011年3月、民間企業の代表取締役社長として、PEファンドが投資するバス事業持株会社の上場準備を進めていました。ところが、その矢先に東日本大震災が発生します。グループ企業の中で関東に本社のある観光バス会社は、主に東北地方への旅行企画・運行を手掛けており、震災の影響で一気に事業継続が困難になりました。長期間にわたり車両は稼働できず、経営の見通しは一変します。最終的には株主と協議のうえ、上場計画を断念し、各社を段階的にエグジットしていく判断を下しました。

その持株会社の清算がほぼ完了し、次なる投資機会をファンド関係者と模索していたある日、知人の一人がふと話を持ちかけてくれました。「大阪市が新たな局を創設し、民間からの公募を実施しています。興味はありませんか?」というのです。この話には、強く心を惹かれました。都市経営において、民間の視点を取り入れるという挑戦。それは私にとっても、これまでの経験をまったく異なるフィールドで活かす好機に映りました。大阪市が東京都千代田区麹町のホールで開催する公募説明会があると聞き、仕事を終えてから参加することにしました。

説明会の冒頭、当時の橋下徹市長によるビデオメッセージが上映され、市職員の皆さんから丁寧な公募要項の説明がありました。帰りの電車に揺られながら、その熱意と誠意に触れた私は、「これは挑戦する価値がある」と、すでに心を決めていたのです。その夜の光景は、今でも鮮明に覚えています。

新設された局の名称は「経済戦略局」。その名のとおり、非常に幅広い分野を所掌する局であり、観光・文化・芸能・スポーツから、商店街も含めた産業振興、企業誘致、国際交流、公園施設の管理、さらには当時の大阪市立大学の運営支援に至るまで、多様な都市機能を包含していました。局のミッションは明確でした——「都市の魅力を創出し、世界の都市間競争に打ち勝つこと」。それは単なる市政改革にとどまらず、大阪という都市を“経営”する、という意味合いを強く持っていました。

民間公募の応募には、課題論文の提出が求められていました。私は「都市とは何か」について、自身の考えをまとめようとしたその時、アメリカのブルームバーグが発表した「全米都市ベスト50」の特集記事が目に留まりました。そのランキングは、レストランやバー、図書館、ミュージアム、プロスポーツチームの数、人口あたりの公園面積、教育実績、大学の数、平均所得、失業率、犯罪発生率、大気汚染など、複数の要素を数値化し、加重平均して都市の魅力を評価していました。日本で、このような要素を集計した都市ランキングを見たことはありませんでしたが、「都市の魅力とは、さまざまな要素が重層的に絡み合って形成されるものだ」と気づかされました。

都市には経済だけでなく、文化や芸術、スポーツ、自然、生活の豊かさ、さらには公共サービスの質まで、多彩な要素が必要です。その記事で全米一位とされたのはサンフランシスコ。シリコンバレーを経済の中核に持ち、都市の魅力を総合的に統合した“港町”として紹介されていました。その姿に、どこか大阪と通じるものを感じ、「大阪市も、もっとポテンシャルを引き出せるはずだ」と思い至った瞬間、論文の筆が自然と進み始めました。

そして無事に選考を通過し、私は人生で初めて公務員としての職務に就くこととなったのです。

行政の現場で見た実態──優秀な職員と、減少する人的資源

大阪市経済戦略局長として新たな職務に就いて、まず私が驚いたのは、市役所内の職員の皆さんが非常に優秀であったことでした。民間出身の私にとって、正直に申し上げれば、それは意外な発見でした。これまで一般論として、「行政は非効率で、人が余っている」「手続きが煩雑で遅い」といった論調を見聞きする機会も多く、どこかでその先入観を持っていたのだと思います。もちろん、民間と比べると実務のスピード感には差があります。しかしそれは決して怠慢ではなく、「不正確な情報を上長に上げてはいけない」という、公務員としての責任感ゆえに、確認と裏付けを重ねた結果であるということが、日々の業務を通じて理解できました。実際に、「あの件、どうなっていますか?」と尋ねると、「実は既にこう動いております」と、しっかりと準備されていたことが何度もありました。そこには民間とは異なるプロセスの論理と、慎重さに裏打ちされた誠実な仕事ぶりがありました。

もう一つ、驚いたのが「記録文化」の徹底です。局長就任後、各部門の担当部長から業務説明(いわゆるレク)を受けた際、多くの部長・課長が、直前までまったく異なる部署にいたにもかかわらず、数日で前任者の事業履歴や議事録を読み込み、過去の経緯を詳細に把握した上で、まるで長年その業務を担当していたかのように説明を行っていました。文書による継続性が、自治体業務の大きな強みであると気づかされた瞬間です。

しかし、もうひとつ強烈に実感したのは、「公務員の数が、減少を続けている」ということでした。これは大阪市だけの事情ではなく、全国の地方自治体に共通する傾向です。総務省の「地方公共団体総職員数の推移(令和4年)」によれば、平成6年(1994年)には全国で約330万人いた職員数が、平成30年(2018年)には約55万人も減少し、280万人を割り込んでいます。まさに右肩下がりの状態が続いており、そのトレンドの中に、私が就任した平成25年(2013年)の大阪市も位置していました。

この間の日本経済を振り返れば、平成不況といわれる長期停滞期と一致します。バブル崩壊後の景気後退、超円高、日米貿易摩擦、リーマンショックといった外的要因が重なり、国も地方も財政健全化を求められる中で、公共事業は大きく縮小されました。高規格な道路整備や箱モノ建設は控えられ、民間側も新規投資や開発を抑制したため、行政が民間事業と関わる機会自体が減っていきました。

さらに深刻だったのは、人員削減の中で新規採用が絞られたことです。年齢構成がいびつになり、若手職員が著しく少なくなりました。このことがもたらしたのは、人材育成とネットワークの“空洞化”です。かつては、若手職員が国や都道府県、さらには海外の大学院やJETROの海外事務所へ出向・留学する機会がありました。しかし、職員数が減った今、そのような余力は持てません。出向や留学は「余裕がある自治体」が取り組める施策になってしまったのです。その結果、霞が関や他自治体との人脈・知見の共有が難しくなり、制度設計や予算折衝、市場調査(サウンディング)といった重要業務に必要なスキルが、現場に蓄積されにくくなっている実態があります。

同時に、財政悪化に伴い、自治体の予算規模も縮小していきました。警察・消防・義務教育といった「基幹サービス」は優先的に守られますが、たとえば公営交通、公立スポーツ施設や美術館、外郭団体の運営事業などは、真っ先に予算削減の対象になります。これにより、施設の老朽化やサービスの質の低下が進み、利用者数の減少、収入減、さらなる予算削減という「負のスパイラル」に陥る事例も珍しくありません。実際、職員数が減れば、現場でのきめ細かい対応は難しくなり、補修・更新も後回しになります。これは都市の魅力や市民生活の質に、確実に悪影響を及ぼします。

平成不況後の10数年で、地方自治体は、目に見えない「行政体力」を大きく損なってきたのではないか——。私の大阪市赴任直後の実感は、まさにそのようなものでした。さらに近年では、新型コロナウイルスの影響により、各種事業の停止や中止も重なり、状況は一層厳しさを増していると感じています。そして、こうした問題は、自治体内の努力や創意工夫だけで乗り越えられるものではありません。

次章以降では、この構造的な課題を打開し、自治体が“行政サービスの質を落とすことなく”、むしろ“新しい付加価値を創造する”ための解決策として、取り組むべき「行政と民間との連携の形」──すなわち、民間の力を効果的に引き出す仕組みについて、具体的に考えていきたいと思います。

出所:著者作成

公共空間を開く力──民間活力が生み出す、都市公園の新しいかたち

皆さんは「世界一美しいスターバックス」と称される店舗をご存じでしょうか?

その店舗は、富山県富山市の湊入船町に位置する富岩運河環水公園(ふがんうんがかんすいこうえん)の中にあります。この公園は、かつて運河の船溜まりとして利用されていた場所を再整備して誕生した、非常に美しい都市公園です。水辺に広がる静かな景観、富岩運河の歴史、そして富山の豊かな自然が絶妙に調和し、芝生広場や整備された遊歩道では、家族連れや愛犬とともにくつろぐ人々の姿が見られます。心地よい風が水面をわたり、四季折々の表情を映し出すこの空間は、地元住民にとっては憩いの場であり、観光客にとっては訪れる価値のある“目的地”にもなっています。

この素晴らしい環境の中に、木目を基調とした温かみのある建築デザインが自然に溶け込む、スターバックスの店舗が建っています。実は、この店舗こそが日本で初めて都市公園内に出店したスターバックスであり、その佇まいと景観との調和から、「世界で最も美しいスターバックス」とも評されるようになりました。決して派手さで目を引くわけではなく、むしろ控えめで、周囲の自然と建築が一体となったデザインが、人々に深い印象を与えているのです。

市役所内で会議をしていたある日、この公園の話題が職員から上がりました。「このような公園整備を、ぜひ大阪でも実現したい」との提案を受けたとき、私は深く共感すると同時に、心を揺さぶられたのを覚えています。大阪市にも、明るく開放感があり、都市の景観に自然に溶け込む、誰もが立ち寄りたくなるようなパブリックスペースがもっとあっていい——そんな思いがこみ上げてきました。

「それなら、今すぐ動きましょう。行政の枠の中で、できるだけお金をかけずに、実現可能な方法を検討してみてください」。私はすぐにそう職員に伝えました。

自治体の予算には限りがあります。しかし、民間の創意と行政の資産を掛け合わせれば、従来の延長線にはない、新しい価値が生まれるかもしれない。富山の環水公園のように、市民が集い、憩い、街への愛着を育むような空間を、大阪でも創出できるのではないか——そう考えると、じっとしていられなくなったのです。

出所:レストラン&カフェ | 富山県富岩運河環水公園

民間の力で公園を再生する──「てんしば」誕生

JR大阪環状線・天王寺駅前に広がる「天王寺公園」は、1909年(明治42年)に開園した、100年以上の歴史をもつ大阪市民の憩いの場です。長年、多くの市民に親しまれてきたこの公園ですが、かつては一時的に風紀や治安上の課題が指摘され、公園の各所に門扉が設置されて有料化されていました。加えて、再整備により園内にはコンクリート構造物が多く設置され、開放感は薄れ、どこか無機質で寒々しい雰囲気が漂うようになっていました。

私が大阪市に着任した当時、慶應義塾大学教授で大阪市特別顧問も務めていた上山信一先生から、この天王寺公園の抜本的なリニューアルの必要性について提言をいただいていました。市民の財産であるこの公園を、どうすれば再びにぎわいと潤いのある空間へと再生できるか。議論の結果、「民間の創意を活かし、公正な入札手続きを経て整備・運営を委ねる」新しいスキームに取り組むことを決定しました。具体的には、天王寺公園のエントランス改修、公園整備・維持管理、そして商業施設などの収益事業の設置と運営を、一定の条件下で民間事業者に許可するというものです。行政の初期投資負担を抑えつつ、民間による継続的な再投資を可能にし、市域経済の活性化を目指す構想です。

ただし、ここには大きな法的な制約もあります。都市公園法では、公園敷地内の建ぺい率について、収益施設は敷地面積のわずか2%までという厳しい上限が設けられています。そのため、従来の市民公園に設けられていた収益施設といえば、飲料の自販機や売店、鳩のエサを販売する程度の小規模なものにとどまっていたのが現状です。しかし、天王寺公園は例外的なポテンシャルを有していました。なぜなら、公園内には大阪市立天王寺動物園を含んでおり、その敷地面積は28ヘクタール(約280,000㎡)に及びます。2%という制限内であっても、十分な広さの収益施設が設置可能となるのです。これは都市公園の中では異例の規模であり、大型のカフェやレストラン、商業施設など、来園者の滞在価値を高める施設を導入することが現実的に可能であることがわかりました。

ちなみに、先にご紹介した「世界一美しいスターバックス」がある富山の富岩運河環水公園も、かつての運河を再整備したことにより、約9.7ヘクタールの敷地を持っていました。だからこそ、景観と調和する美しい店舗の出店が可能だったのです。

とはいえ、肝心なのは「民間が本当に事業に関心を持つかどうか」でした。そこで、都市公園法に基づく「設置管理許可制度」を活用し、一定の条件付きで収益施設の設置・管理を民間に許可する方向性を固めました。事業者にとっても初期投資の回収が見込めるよう、事業期間を20年に設定し、さらに施設設置だけでなく、公園全体の整備・運営にも関与してもらうという条件のもと、まずはサウンディング型市場調査を実施しました。

この調査に、多くの民間企業が強い関心を示してくれたのです。公園という公共空間を、魅力ある都市空間として再設計することに、民間側も高い意欲を持っていたのだと確信しました。こうして事業スキームと条件を確定し、公募型プロポーザル方式で入札を実施した結果、いずれの提案も甲乙つけがたいほど高品質で先進的な内容ばかりでした。最終的には、近鉄不動産を中心とするJV(共同企業体)が選定され、整備を担当いただくことになりました。それまで園内に設置されていた門扉は撤去され、コンクリート構造物も解体され、空と緑に開かれた芝生広場を中心とした新しい市民公園「てんしば」へと生まれ変わったのです。

「てんしば」は、民間の創意工夫と高い技術力、そして何より、それを積極的に引き出し、形にした優秀な市職員の尽力によって実現したプロジェクトです。現在では、魅力的な商業施設が軒を連ね、飲食・物販・イベントスペースが一体となった複合型のアメニティ空間として、多くの市民や観光客に親しまれる人気スポットとなっています。

なお、この「てんしば」事例の成功は、後に都市公園法の法改正(いわゆる「パークPFI法」)へとつながりました。設置管理許可制度に「公募」を条件として明確化し、地方自治体がより柔軟に、より広範な収益施設を導入できる法的枠組みが整備されたのです。今では、都市部の小規模公園や、河川沿いの親水空間などでも、おしゃれなカフェやレストランが整備されるようになり、公園が再び都市の“にぎわいの起点”として機能し始めています。

限られた資源の中で、未来を切り拓く──民間活力による行政の進化

これまでにも述べてきたように、現在の自治体は、かつてないほど厳しい運営環境に置かれています。財政規模の縮小、新規事業機会の減少、そして職員数の継続的な減少――その結果、若手職員の採用や育成、外部機関への出向や交流の機会も失われつつあります。かつて行政が内包していた「公共サービスを自前で設計・提供する力」、いわば行政の“体力”が、目に見えない形で、じわじわと落ちてきているのです。

このような状況下において、単に現状の事業を維持・管理するだけでなく、もう一度創造的で価値ある公共サービスを展開していくためには、これまでとは異なるアプローチが求められます。そのひとつの鍵が、民間の知恵や技術を積極的に活用する「公民連携(PPP)」という手法です。

PPP(Public Private Partnership)は、もともと公共サービスを行政主導で提供してきた仕組みに対して、民間事業者の資金、ノウハウ、創意工夫を取り入れながら、より効率的かつ効果的な運営を目指す考え方です。近年では政府としてもこのPPPを強く推進しており、各自治体が現場レベルで具体的な取り組みを模索しています。

私は、あえてこのPPPという専門用語ではなく、「民間活力の導入」という言葉を使っています。この言葉には、「民間の力を“取り込む”」という以上に、行政職員自らが民間の現場に出向き、学び、共に考え、共に進める姿勢を込めたいと考えています。単に委託や外注を意味するのではなく、行政が主体的に方向性を定めたうえで、民間との対話を通じて共創を目指す――そのような姿勢を表す言葉なのです。

民間活力の導入は、決して大都市や人口の多い自治体だけの特権ではありません。中小規模の自治体においても、担当職員の熱意と工夫次第で、多様な形の取り組みが実現可能です。そして、その成否を左右する要の一つが、「サウンディング(市場調査)」というプロセスです。サウンディングとは、民間事業者と行政が意見を交換し合う場であり、双方が、市場性や事業の可能性などを探る重要なステップです。また、行政が自ら抱える課題や条件を率直に示すことで、それに対してどのようなアイデアが寄せられるのか、あるいは、そもそも参入意欲は高いのか、などを知る貴重な機会でもあります。

ここで誤解してはならないのは、「民間活力の導入=民間任せ」ではないということです。民間に“丸投げ”することではなく、まず行政自身が、

・自らの課題を的確に言語化する
・将来あるべき姿や方向性を構想する
・必要に応じて専門家の助言を受けながら仮説を組み立てる

そのうえで民間とのサウンディングに臨むという、主体的かつ戦略的な準備が必要不可欠です。多くの自治体では、資金だけでなく、人材、技術、マーケティング力といったリソースが限られており、自前主義だけでは対応が困難になりつつあります。だからこそ今、民間の知恵と経験、ネットワークを借りることは、“弱さの表れ”ではなく、“前に進む力の選択”であると、私は考えます。

「公共だからこそ、もっと良くできる」「行政サービスも、もっと進化できる」――その可能性は、民間との連携によって大きく広がります。そして何より、市民にとって重要なのは、「誰が提供するか」ではなく、「どんな価値が得られるか」です。民間レベルの高品質なサービスや新しい発想が公共空間に導入されることで、市民の満足や地域の魅力が大きく高まる。それこそが、行政運営における新たな成功の形ではないでしょうか。

これからの行政には、“縮小”ではなく“進化”という道が開かれています。限られた経営資源の中でも、知恵とネットワークで価値を生み出すことは可能です。そしてその第一歩は、「民間とともに歩む」という選択から始まります。

未来の公共サービスは、もっと自由に、もっと柔軟に、もっと創造的になれる。
その可能性を信じて、今、行政はもう一度前へと踏み出すときです。

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