ローカル線の未来を考える──廃線か、支援か、それとも新たな道か

赤字ローカル線の廃止が全国で議論されています。「採算が取れないなら、やめるべき」――本当にそうでしょうか?地方の交通を支える鉄道には、数字だけでは語れない価値があります。現場で感じたリアルな課題と、これからの可能性について考えてみました。

目次

鉄路を守りたいという思い──多様な背景と私の原体験

ローカル線とひとことで言っても、その所有形態や運営体制は実にさまざまで、一概にひとくくりにはできません。JR各社が運行しているローカル線、私鉄が地域に根ざして運営しているもの、さらには第三セクターや行政が全面的に所有・運営を担っている路線など、実態は非常に多様です。また、そうした路線における利用状況、つまり「輸送密度」と呼ばれる指標にも大きな違いがあります。言い換えれば、それぞれのローカル線が置かれている環境も、地域における役割も、全く異なるということです。

近年、JR各社が一部のローカル線について、利用者減や収支の悪化を理由に廃線の検討を公にすることが増えてきました。こうした発表があるたびに、株主、経営側、そして実際にその路線を利用する住民とのあいだで意見が分かれます。それぞれに納得できる理由があり、一方的に善悪を決められる問題ではありません。したがって、こうしたJR各社のローカル線に関する議論については、本来であれば三者それぞれの視点から丁寧に考察する必要があると思います。しかし、本ブログではそれについて深く掘り下げるのは控え、別の機会にあらためて触れることにしたいと思います。

とはいえ、「井上さんはローカル線の廃止に賛成ですか?反対ですか?」と聞かれたなら、私は単純に〇か×で答えるのではなく、「可能な限り存続を前提に、その是非を丁寧に検討したいと考えている派です」と申し上げたいと思います。やはり、鉄道に携わった者としての本音として、「できるだけ鉄路は残していきたい」という思いがあります。

その思いの背景には、私自身が長野県の第三セクター鉄道「しなの鉄道」の社長を務めた際に出会った、心に残る出来事があります。たとえば、沿線の自治体、教育委員会、そして地域の学校が協力し合って行っていた「子どもたちの乗車教育」です。鉄道の駅や車内という空間は、子どもたちにとっては普段と異なる「公共の場」であり、見知らぬ大人たちと接する特別な場所です。そこには当然ながら、過ごし方においても一定のルールがあります。

この乗車教育では、車掌が子どもたち一人ひとりに対してきちんと車内改札を行います。子どもたちは切符を手に、しっかりと車掌に提示し、検札を受けるというやり取りを通して、公共マナーを自然に学んでいきます。車内で無駄なおしゃべりをする子どもはおらず、制服を着た車掌とのやり取りを、きちんとルールに基づいて経験します。とても貴重な体験です。さらに、乗車中にお年寄りや障がいのある方が乗ってこられた場合、子どもたちは自主的に席を譲り、自分たちは吊り革や手すりにつかまって立っています。駅の改札では、駅員から挨拶される前に、自分から「ありがとうございました」と挨拶をする子も多く、こうした行動の一つひとつが、社会の一員としての意識を育んでいるように思いました。

このような教育ができるのも、日中それほど混雑していないローカル線という環境があってこそです。鉄道会社と地域社会が一体となり、子どもたちに社会性や公共マナーを育む機会を提供できているという点で、長野の子どもたちは本当に恵まれていると感じました。こうした経験は、子どもたちが大人になっていく過程で確実に役立つものであり、決して無駄になることはないと思っています。そんな思い出があるからこそ、私は「はい、ローカル線は廃止すべきです」とは、簡単には言えないのです。

さて、話を本題に戻しましょう。本ブログで焦点を当てたいのは、いわゆる「第三セクター鉄道」に分類される、行政の支援に大きく依存している赤字ローカル線の存在です。こうした路線は、単なる交通手段以上の役割を果たしており、その存続の是非は地域全体のあり方に関わる重要なテーマです。

第三セクター鉄道が直面する現実──赤字経営と地域社会

第三セクター鉄道とは、国や地方公共団体(いわゆる第一セクター)と、民間企業(第二セクター)が共同出資して設立した鉄道会社のことを指します。設立に至った経緯やきっかけは路線ごとに異なりますが、多くは赤字に苦しむローカル線が廃線の危機に直面した際、地元の自治体や地域企業が力を合わせて会社を設立し、交通手段を守ろうとした事例が中心です。特に旧国鉄や、その後のJR各社、また一部の私鉄から経営を引き継いだケースが多く見られます。現在でも、例えばJR北海道、JR九州、JR四国などは、多くの不採算路線を抱え続けており、沿線地域では鉄道の存続を巡って大きな議論が絶えません。

ここで「交通弱者」という言葉について、少し触れておきたいと思います。地方都市では、生活の中心に自動車による移動が据えられていることが多く、車を運転できない学生や、免許を持たない方、高齢者や障がいをお持ちの方々にとって、鉄道や路線バスといった公共交通機関はまさに生活の足そのものです。自家用車に頼れないこれらの方々は、移動手段において大きなハンディキャップを負っているため、「交通弱者」と呼ばれるようになったのでしょう。

ローカル線の存廃を巡る議論は、まさにこの交通弱者の移動手段の確保という社会課題と密接に結びついています。特に第三セクター鉄道においては、単なる経済性や合理性だけで答えを出せる問題ではなく、地域社会全体を見据えた社会政策としての議論が求められます。

さて、それでは、第三セクター鉄道の経営状況はどのようになっているのでしょうか。結論から申し上げると、多くの路線が厳しい赤字経営を続けています。東京商工リサーチの調査(令和6年9月)では、国鉄転換型の第三セクター鉄道は、9割が経常赤字となっています。日本は世界に類を見ない超高齢社会に突入していますが、地方都市ではこの少子高齢化がより深刻で、加えて若者が大都市圏へ流出している現状があります。その結果、地域の人口は減少し続け、ローカル線の利用者も年々減少の一途をたどっています。運賃収入だけで鉄道経営を成り立たせることは、極めて難しくなっているのです。

さらに、鉄道はたとえ運行距離がわずか十数キロの短い路線であっても、JRや大手私鉄と同様の厳格な安全基準に則って、設備を維持管理し、運行しなければなりません。日本の鉄道が、世界的にも非常に高い安全性を誇っているのは誇るべきことですが、その安全基準をクリアし続けるためには多大なコストがかかります。運賃収入の少ない第三セクター鉄道が赤字に陥るのも、ある意味当然の帰結と言えるでしょう。

こうした赤字分は、株主である自治体が毎年、補助金として拠出、補填をしています。言うまでもなく、これらの資金源は住民から集めた税金です。したがって、今度は「税金をこのような形で使うことが妥当なのか」という新たな議論が巻き起こります。加えて、鉄道が自治体の隅々まで網羅していればまだしも、実際には多くの鉄道が特定の地域だけを結んで運行しています。そのため、鉄道の恩恵を受けられない地域、つまり鉄道サービスを受けられない住民からは、「なぜ自分たちの税金も使われるのか」という不公平感を訴える声も出てきます。私自身、しなの鉄道に関わっていた当時、他の地域の団体や議員の皆様から、こうした不満を直接ぶつけられたことが何度もありました。特に、しなの鉄道は資本金だけでなく、多額の借入を県から受けていた時期があり、県の委員会で、「本当にこれでよいのか」という厳しい問いかけを受けた記憶は今も鮮明です。

税の使い道、行政サービスの公平性。この議論に、絶対的な「正解」はないのだと私は考えています。だからこそ大切なことは、地域の住民がしっかり議論を重ね、その議事録を丁寧に残していくこと。そして最終的には、行政や議会が責任を持って結論を出すことだと思うのです。

バス転換という選択肢──簡単には進まない理由

赤字ローカル線の存廃をめぐる議論のなかで、交通機能の代替案としてしばしば提案されるのが、「バス転換」です。これは、鉄道に比べて経営を軽量化しながらも、地域に最低限の交通手段を残すことを目的とした方策です。確かに、運行コストや柔軟なルート設定という点では、バスの方が有利に思えるかもしれません。

しかし、純粋に交通手段としての機能を比べた場合、やはり鉄道の持つメリット――すなわち定時性、大量輸送力、高い安全性――において、バスは鉄道には及びません。また、鉄道には単なる交通インフラを超えた価値があります。沿線の住民にとって、駅舎や鉄路は日常生活に深く根付いた「地域の象徴」であり、そこには多くの思い出や誇りが刻まれています。こうした心情的な背景もあり、バス転換を推進しようとしても、なかなか議論が進まないというのが現実です。

さらに、あまり表立って語られることのない重要な問題として、「線路などの撤去費用」の問題があります。かつて、廃線の決定が報道された営業キロ25キロメートルのローカル線について、廃線後の撤去費用を私的に試算したことがあります。その際は、撤去対象を軌道、信号・通信施設、電力線に絞り、鉄道関係の専門事業者が作業にあたると仮定して算出しました。その結果、総費用はおよそ7億円に達することがわかりました。単純計算で、1キロメートルあたり約3千万円もの費用がかかることになります。

しかもこの試算には、道床(レール下の砂利層)、ホーム、トンネル、橋梁、変電所、ケーブル類といった設備の撤去費用は含まれていません。加えて、撤去後に発生する産業廃棄物の処理費用も別途必要になります。つまり、実際の撤去費用はこれ以上に膨らむことが確実なのです。

このように、廃線にともなう費用負担は、毎年赤字補填に追われる自治体や、慢性的な赤字経営に苦しむローカル鉄道会社にとって、極めて大きな重荷となります。そして、たとえバスに転換したとしても、利用者数が劇的に増えるわけではありません。必ずしも経営が黒字に転じる保証がない以上、「これ以上赤字を出さないためにバスへ転換しよう」という、いわば「損切り」の判断を、簡単に下すことなど到底できないのが現実なのです。

撤去でも廃線でもない道──線路を未来に生かすアイデア

ここで最後に、少し視点を変えた提案をしてみたいと思います。それは、線路を撤去するのではなく、レールを活かしたまま、コンクリートパネルを敷設し、バス専用道として再利用するというアイデアです。仮にこの仕組みを、「簡易BRT(バス・ラピッド・トランジット)」と呼びたいと思います。

現在、コンクリートのプレキャストメーカーと勉強会を立ち上げ、この構想について意見交換を始めたところです。この簡易BRT案では、鉄道のインフラ資産を活かしながら再利用するため、線路の全面撤去に比べて、コストを抑えることが期待できます。また、専用道であるため、これまで鉄道を利用してきた方々の「定時性」や「移動の安心感」といったメリットを、できるだけ損なわずに済む可能性があります。

さらにこの専用路は、地域に新たな利便性と可能性をもたらします。たとえば、バスだけでなく、緊急車両の通行を許可したり、深夜帯の小口配送便の専用ルートとして活用することも考えられます。これにより、地域への貢献や副次的な収益の確保も期待できるかもしれません。季節の良い時期には、運行便数を一時的に制限し、専用道上でサイクルイベントマラソン大会を開催することも夢ではありません。車窓から眺めていた美しい景色を、今度は体全体で感じながら楽しむ。そんな体験型の地域イベントは、駅舎を起点とした新たな賑わいづくりにもつながる可能性を秘めています。

簡易BRTは、基本的にバス運行を前提としますので、運賃収受も車内で完結できます。その結果、駅員配置を省力化できたり、システムなどへの過大な投資も避けられるでしょう。また、バスロケーションシステムを導入することで、利用者のスマートフォンと連動し、運行状況をリアルタイムで共有できるようになります。これまでの鉄道利用とは異なる、より柔軟で便利な「移動の付加価値」を提供することができるかもしれません。現在、勉強会では、コンクリートパネルの形状や重量耐性、敷設にかかるコスト、製造期間など、実現に向けた基礎的な検討を重ねています。特にコスト削減の可能性については、実現性を左右する大きな鍵となるでしょう。

この簡易BRTという新しい形態が、運行のために必要な総コストと、利用者が求める利便性や付加価値とのバランス、つまり「最適解」を見出すことができたときには、ぜひパイロットプロジェクトとして、自治体や関係事業者にご相談をしてみたいと考えています。

今回のブログでは、ローカル線の廃線問題と第三セクター鉄道の現状を踏まえつつ、未来に向けた一つの可能性をお伝えしました。ローカル線を巡る課題には、簡単な答えがないからこそ、これからも新しい視点で考え、試行錯誤を重ねていきたいと思っています。今後も、地域の交通とまちづくりをめぐるさまざまなテーマについて、引き続き発信してまいりますので、ご期待をいただけましたら幸いです。

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