小売が動くと、社会が見える──コンビニが語る現代日本

日々立ち寄る「コンビニエンスストア」。その裏に、激変する経済、地域社会、そして人々の暮らしが映し出されています。セブン-イレブン創業者の思想から過疎地の現実まで──この身近な存在を通じて、現代日本が抱える構造変化を見つめてみました。

目次

世界に広がる「日本のコンビニ」──セブン&アイ買収提案の波紋

近年、日本国内のコンビニエンスストア市場は、成熟産業でありながらも、なお著しい成長を続けています。コロナ禍という厳しい経済環境下にあっても、新規出店は衰えることなく、店舗数は年々着実に増加しています。特に食品関連商品の分野では、各社の開発競争が激化しており、有名シェフとのコラボレーションによる高品質な弁当や、専門店顔負けのスイーツなど、次々と魅力的な商品が登場しています。こうした進化を遂げる日本のコンビニは、いまや国内利用者だけでなく、訪日外国人観光客にとっても大きな関心の対象となっています。日本に来たらまず「コンビニに行く」ことが、旅行中の楽しみのひとつとして挙げられるほどで、コンビニ文化そのものが、もはや日本を象徴する一面になっているとも言えるでしょう。

その日本のコンビニの中でも最大手である「セブンイレブン」を傘下に持つセブン&アイ・ホールディングス(7&iHD)が、2024年8月、カナダの大手コンビニ企業「アリマンタシォン・クシュタール(ATD.TO)」から、友好的な買収提案を受けたと公表したニュースには、正直、驚きを隠せませんでした。ATD.TOは、2025年2月末時点で全世界に16,953店舗を展開しており、このブログ執筆時点でのTTM(過去12か月の売上高)は742億ドルにのぼります。為替を1ドル=142円で換算すると、およそ10兆5,364億円という規模です。

一方の7&iHDは、世界に展開するセブンイレブンの店舗数が84,541店舗、2024年度のグループ全体の売上高は18兆4,428億円と、店舗数・売上高ともに大きく上回っており、名実ともに世界最大級のコンビニ企業です。このような状況で、カナダの企業が日本を代表する企業に買収提案を行ったという事実には、多くの人が驚いたのではないでしょうか。ましてや、経済規模だけを見ればATD.TOは7&iHDより小さく、通常の感覚では逆の関係が想像されるからです。こうした背景を踏まえると、極端な円安が日本企業をいかに「買いやすい存在」にしてしまっているか、国際資本市場における日本企業の現在地を改めて痛感させられました。

各種メディアや専門家の見解によると、ATD.TOによる今回の買収提案は、その資本力や収益構造を考慮すると、実現性にはやや疑問が残るとの評価もあります。とはいえ、ATD.TO側が将来的なアメリカ市場での提携を視野に入れており、米国におけるセブンイレブンの上場計画に先回りする形で、資本関係を築こうとする意図があるのだとすれば、やや唐突で挑発的な動きにも映ります。個人的には、このタイミングでの提案は、少々“話題づくり”に過ぎるのではないかという印象も受けました。

一方で、7&iHDは2025年3月、自らの成長戦略を明確にする一連の発表を行いました。その中には、社長をはじめとする役員人事の刷新や、北米事業を展開する子会社の株式上場の方針、さらには、イトーヨーカドーを含む13社で構成される「ヨーク・ホールディングス」の株式を、米投資ファンドのベインキャピタルに譲渡するという重要な決断も含まれていました。特にイトーヨーカドーについては、ここ数年、収益力の低下が指摘されており、事業構造の抜本的な見直しが求められていた中での判断です。ようやくその舵を大きく切ったという点で、非常に注目すべき動きといえるでしょう。

もちろん、今後7&iHDがどのような資本政策や成長戦略を描いていくのか、その全容を外部から読み解くのは決して容易ではありません。しかしながら、「世界のセブンイレブン」がどのような進化を遂げていくのか、その過程を見守ることには大いに意味があるように感じます。今回の買収提案の背景には、グローバル市場の複雑な力学や通貨の影響、そして企業同士の駆け引きが絡んでいますが、それもまた経済のダイナミズムの一端です。私たち消費者としては、まずは足元のコンビニで、これからも変わり続ける商品やサービスを楽しみながら、日本発のコンビニ文化がどのように世界に羽ばたいていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

小さな町から生まれた「小売の神様」──坂城町と鈴木敏文氏

長野県東部、いわゆる「東信地方」に位置する坂城町(さかきまち)は、人口およそ1万4千人という小さな自治体です。しかしこの町は、その規模に見合わぬほど高い産業力を誇る、まさに“ものづくりの町”として知られています。実際、町民のおよそ半数が工業に従事しており、一人当たりの工業製品出荷額では長野県内でもトップに立ったことがあるほどです。この産業基盤の背景には、第二次世界大戦中に東京から多数の企業が工場を疎開させた歴史があります。特に金属加工業を中心とする製造業がこの地域に根を張り、戦後も地道に成長を重ねてきた結果、現在のような高い労働生産性を誇る町へと発展しました。また、坂城町は“刀匠のまち”としても知られています。なかでも、伊勢神宮で20年ごとに行われる式年遷宮(しきねんせんぐう)に奉納される御神宝(ごしんぽう)の神刀を手がけた人間国宝・宮入行平氏を輩出した土地として、全国的な名声を得ています。

そんな坂城町を代表する人物として、多くの人がすぐに思い浮かべるのが、セブン&アイ・ホールディングス(7&iHD)の元会長である鈴木敏文氏です。鈴木氏は、イトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊氏に請われ、31歳で同社に入社。その後、1974年にセブン-イレブンの日本1号店をオープンさせました。フランチャイズ方式によって出店を加速し、日本の小売業を牽引する巨大企業へと育て上げたその手腕から、「小売の神様」とも称されるカリスマ経営者です。しかし2016年、自らが提出した議案が取締役会で否決されるという異例の事態を受け、突如として辞任したことは、大きなニュースとして広く報じられました。

私が鉄道事業の関係で上田市に住んでいた頃、隣町である坂城町の町制施行50周年記念講演に出席したことがあります。その記念講演の講師として登壇されたのが、当時セブン&アイのCEOであった鈴木氏でした。正直なところ、講演のテーマはセブン-イレブンの事業戦略や、日本の小売業界の展望についての内容だろうと予想していたのですが、実際には、それを大きく上回る、企業経営に対して非常に厳しく本質的なメッセージが込められた講演でした。

当日は町民だけでなく、スーツ姿のビジネスパーソンも多く詰めかけ、会場は緊張感のある空気に包まれていました。講演冒頭、鈴木氏はこう語り始めました──「日本の企業は、ものまねばかりしているから成長できないのです」。さらに、「過去にとらわれすぎている。セブン-イレブンを始めた時も、周囲からは絶対にうまくいかないと言われた。そういう人たちは過去しか見ていない。市場調査や仮説検証が大事だと言うが、それが通用しない時代に我々は生きている。現実の変化のスピードの方が早いのです」と続けられ、企業がブレイクスルーできない理由を、次々と指摘されていました。

私自身、聴いていてまるで自分が叱られているような気分になり、気持ちが沈んでしまうほどでした。MBA(経営学修士)についても、「過去の成功事例を研究してまねようとするから、だめになる」と否定されており、その徹底した独自性と現場主義には、驚きを通り越して圧倒される思いでした。さらに印象的だったのは、「私は本を読みません」と断言されたことでした。「いいことが書いてあると思っても、読めばそれは結局“ものまね”になってしまうから」と、自分の頭で考えることの重要性を、強く説かれていました。講演終了後、私は単身赴任先の住まいに戻り、急いで講演メモを読み返しました。そのなかで、鈴木氏が繰り返し伝えていたのは、「現実を直視することの大切さ」だったのだと、しみじみ実感したのを覚えています。

講演では、セブン-イレブンの現場で実際に起きている事例にも触れられていました。たとえば、最も売れている商品が弁当であるにもかかわらず、弁当の棚を広げようとしない現場に対して「なぜ現実を見ないのか」と憤りを語られていました。「日用品や雑貨を買い求めるお客様もいるから」という理由で弁当売り場を広げないことへの不満は、笑い話のようでありながら、実際は各店舗で起きていた“現実”だったのです。

改めて当時のメモを読み返してみると、鈴木氏が「1店舗あたり1日の売上は65万円」と語っていたことが書かれていました。講演が行われたのは2005年、その当時のセブン-イレブン国内店舗数は11,310店。一方、2024年2月末の店舗数は21,535店に増加し、国内店舗1日の平均売上は69万円──昨今の物価上昇を考慮すれば、ほとんど変わっていないという事実に気づき、思わず息をのみました。競合のローソンやファミリーマートが店舗数を増やしても、セブン-イレブンの売上は下がることなく、堅調に維持され続けているのです。こうしたデータが示す通り、セブン-イレブンの出店戦略や店舗管理が、いかに緻密で、しかもぶれることがないのか──20年前の鈴木氏の講演の重みは、時を経ても色あせることなく、むしろその正確さと先見性がより際立つものとなっています。

最後に、鈴木氏が講演を締めくくられた言葉をご紹介します。

「従来の考え方、やり方を一回打ち止めして、変化を見ていくことです」。

変化を恐れず、常に現実を見つめ、未来から現在を捉えるという思考。それこそが、現代の企業人にとっても、変わらず求められる姿勢なのではないかと思います。

風景と暮らしの交差点──コンビニと地域のこれから

かつて、ある自治体の首長から、「コンビニは便利だけれど、日本の田舎の原風景を壊しているとも思います」とご意見をいただいたことを、今も記憶しています。発言の真意には、その地の風景や暮らしに対する深いまなざしと、丁寧な配慮が込められていたのではないかと思います。きっと、具体的な事例を思い浮かべながらのご発言だったのでしょう。確かに、その土地の景観や自然は、そこに暮らす人々にとってかけがえのないものであり、地域住民の合意もないままに開発を進めることは、本来あってはならないことです。しかし一方で、もしも住民の総意として「コンビニができてほしい」という強い願いがあるならば、それは全く別の意味を持つと、私は思います。

これまでさまざまな地方自治体や地元企業の方々とお話をする機会がありましたが、特に若者の流出が続き、日々の暮らしに不便さを感じている地域では、コンビニの進出を歓迎する声を多く耳にしました。とりわけ過疎地域では、通常の出店基準では到底採算が合わないため、行政が工夫を凝らして誘致に動くケースも珍しくありません。

ところで、「過疎」とは、人口の減少によって生活基盤や生産機能の維持が困難になる状態を指します。こうした状態にある地域が「過疎地域」と定義され、法律に基づき指定を受けています。全国過疎地域連盟によれば、令和4年4月の時点で、全国1,718市町村のうち51.5%にあたる885市町村が、過疎地域に指定されています。つまり、全国の半数以上の自治体が、人口減少とそれに伴う地域の空洞化という課題と向き合っているのです。大都市圏に暮らす方々にとっては、こうした現実が実感として捉えにくいかもしれませんが、過疎地域における生活の困難さ──中でも「買い物」が日常の大きな壁となる現実は、見過ごすことのできない問題です。このブログでは過疎問題の詳細には触れませんが、日本全体が少子高齢化という流れの中で避けて通れない、深刻な地域課題であることは間違いありません。

そんな中、あえて過疎地域への出店に取り組んでいるコンビニチェーンがあります。それが「ローソン」です。ローソンはこれまで、都市部や交通量の多い幹線道路沿いを中心に出店を進めてきましたが、全国のコンビニの総店舗数が5万5,000店を超えた現在、立地の選択肢は限られつつあります。そうした状況を踏まえ、都市部での展開と並行して、過疎地への出店も戦略の柱に据え始めています。こうした取り組み事例を、読売新聞(2025年1月1日付)が報じています。

ローソンは、2024年、和歌山県田辺市の山間部にあったスーパーの跡地に新たに店舗を開設しました。そこは、最寄りのスーパーまで車で30分以上かかる場所で、住民にとっては買い物自体が大きな負担となっていた地域です。同店では、冷凍食品や野菜を豊富に取り揃えるだけでなく、広めのイートインスペースを設け、地域の人々が気軽に立ち寄れる「交流の場」としての役割も担っています。同社幹部によれば、この取り組みは「想定を上回る収益結果が出ており、過疎地出店の可能性に光が見えた」と語られており、採算性と社会的意義の両立が現実味を帯びてきているようです。

地域の数だけ、抱える課題も、その背景も異なります。その中で、「買い物難民」と呼ばれるような、日々の暮らしに支障をきたしている人々がいる地域においては、コンビニの存在が単なる利便性を超えて、“命を守るインフラ”として機能することさえあります。過疎地における課題は、行政だけでなく、民間企業も知恵を出し合い、手を携えて取り組んでいくべきテーマだと、私は強く感じます。ローソンの事例は、単なるビジネス戦略にとどまらず、地域と共に歩む企業の姿勢を示すものとして、大きな意義を持っているのではないでしょうか。同社の社長も、公の場でこの方針を繰り返し発信しており、今後の過疎地支援の取組みに、いっそうの期待を寄せたいと思います。

そして、このように進化し続ける日本のコンビニエンスストアが、単に「便利なお店」にとどまらず、変化する社会や変化する人々の暮らしを支え、地域の未来に寄り添う存在へと育っていくプロセスを、これからも静かに見つめ、応援してまいりたいと感じています。

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